「ボスのおもひで」・・・彫伊馬蹄・・・
◆第5話
竹田君、加東君、幹彦君、河井君そして僕の五人は路地を横一列に広がりながら胸を張って歩いた。勝利だ。完全なる勝利だった。明日になれば町中にこの出来事は伝わり知れることだろう。
僕らは何事もなかったように八幡様の正面の通りを右に折れた。出店への人出も一段落ついたという感じだった。そんな雑踏の中で僕は誰かに自分の名前を呼ばれたような気がした。あたりを見回すと八幡様の石段の真ん中あたりで、スージーと彼女の親友の女の子がヨーヨー片手に僕に手を振っていた。その二人の浴衣姿はとても新鮮で魅力的だった。
みんなが僕とスージーの方を交互に見て事情を理解した。彼らは勝利の志士から急に普通の子供に戻っていた。
「ヒューッヒューッヒューッ!熱い、熱い!」
僕の顔は真っ赤になっていたことだろう。
ガンッと後ろから僕の首根っこは何者かに掴まれて、心臓が一瞬止まった気がした。みんなの僕を冷やかす声もぴたりと止まってしまった。後ろを振りかえりたくても、もの凄い力で首を動かすことができなかった。
「おい!またしでかしたな!」
浴衣に襷掛けをした父だった。連合御輿の進行役員としてその仕事を終えたところなのだろう。少々酒が入っていて禿かかった頭のてっぺんまで赤かった。
「教頭がお前たちのこと捜してるぞ。喧嘩ばっかりしくさって」
続けて僕の耳を掴んで引きずるように家の方へ向かって歩き出した。
「いててて・・・」
「痛いじゃないだろ。家の仕事もろくにしないのに遊ぶだけ遊びやがって。このまま真っ直ぐに家に帰れ!」
みんな、あっけにとられていたが、河井君がプッと吹き出すと顔を見合わせてクスクスと笑い出した。それほど僕の引きずられ方が恰好悪く情けなかったのだろう。
僕は引きずられながら、恐る恐る石段のスージーの方を見た。スージーたちも笑っていたが、すまなそうに真面目な顔に戻り小さく手を振ってくれた。
恥ずかしさで爆発しそうな頭の中で父の言葉をくり返してみた。さっきの喧嘩のことを教頭先生までが知っているとすれば大成功だ。しかも三十分もしないうちに父にも伝わっているとは、こんなに素晴らしいことはない。
こうして僕の今年の祭りは、勝利の満足感と恥ずかしさとともに幕切れとなったのだった。
今、僕は三平と語りながら思う。僕は三平と同じく自由を勝ち取ったのだと。しかしこれには条件が付く。つまり水槽という、この小さな町の中での本当に小さな自由なのであった。
それからの僕らの生活は、思っていたほどは変わらなかった。我々志士は解散し普通の学校生活に戻った。五人プラス秀哉君との話し合いにより、ボスを仲間はずれにするのではなく、仲間として受け入れることにして全員が対等の立場で接することにした。最初はお互い気まずくぎこちなかったが、しばらくすると自然と新しい関係が僕らの中で育っていった。
ルソーはギブスも取れ、教壇に戻って来たが根本的には何も変わっていなかった。他のグループにしてもそうだ。相変わらず群をなして、またどこかに面白いことが落ちてやしないかと目を光らせていた。
「おやすみ、三平」
と、パジャマ姿の僕は玄関の明かりを消した。
半年後ボスは転校して行った。造船業の義父の都合で横須賀へ引っ越したと聞いている。
<完>
〜筆者より〜
その当時九〜十歳だった私たちは、彼のことを非常に恐れていていた。とにかく彼による独裁学級統治によって、精神的に抑圧された日常生活を送っていたのだ。
それは大人たちには分からない少年たちの独特の世界。清濁入り乱れ、時には残酷で厳しいルールに枠組みされた不透明な世界であった。
こうして書き記すという作業を終えることができたのも、十年余りの月日が彼を、そして当時のその世界を、私自身に正当化させ理解させたからなのだと思っている。
このノートは、私が人生の中で最も多感で力を出し切ることを惜しまない少年期を振り返りながら語る、とても個人的なダイアリーだと受け止めて欲しい。
これが私と世の中との関わりの出発点であったことだけは間違いない。
彫伊 馬蹄