「ボスのおもひで」・・・彫伊馬蹄・・・

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◆第4話

 

 通りから聞こえてくる木遣りの音で目がさめた。高音の頭領の声に男たちの声が重なって、崇高な世界を見事に表現していた。町の人々も流れ聞こえるこの木遣りの声に祭りの始まりを自覚するのであった。

 僕は飛び起きると三平におはようの挨拶をしてから洗面所で顔を洗った。いつもと変わりない朝だ。しかし木遣りの声に影響されたのか、僅かながら心地よい緊張感が身体の中に芽生えていて自然と背筋がピンッとしてくる。

 食卓の上にあった今日の祭りのために作られた赤飯を口の中に押し込み、麦茶でゴクゴクと流し込んだ。それから母が準備してくれていた祭り装束を身につけて気合いを入れた。

 まず僕は御輿の出発点であるお稲荷さんへ行く前に加東君の家へ向かった。僕と加東君は五丁目の御輿を例年通りに担ぐ。竹田君と河井君、幹彦君は二丁目の御輿を担ぐために竹田君の家に集合しているはずだ。

 加東君の家に予定の時間の十分前に到着した。家族の人たちに挨拶をした後、加東君と二人、居間の茶箪笥の上に置いてある電話機の前に腰をおろした。それから僕と加東君はほとんど黙ったままで向かい合って座っていた。

 とても長い十分間だった。正確に言うと加東君の家の柱時計が予定の時間を三分回ったところでけたたましい金属音がその電話機から響いてきた。

「リリリーン。リリリーン、リッ・・・」

 と、そのベルは二回と四分の一回鳴った。

 僕と加東君は顔を見合わせると少しリラックスしてお互いの顔を見合わせて息を吐いた。

「準備よし。全員配置につけ!だ」

 加東君はそう言うと立ち上がり玄関で足袋を履き始めた。

 そのころボスはマンションに迎えに来た秀哉君とともに自転車で五丁目に向かおうとしていた。ボスは淡い紺色の地に白抜きで「祭禮」と書かれた半纏を纏っていた。襟元には「二丁目町会」と書かれている。秀哉君は紺のパッチに足袋姿で、半纏は我々と同じレンガを積み重ねたような模様の入った地に紺色で「南町」と書かれた五丁目のものを纏っていた。

 二人が自転車で走り始めて程なく、六、七人の集団が自転車の前に立ちはだかり、素早く二人を車座に取り囲んだ。

 そこは、街道の歩道部分が歩道橋の橋桁のために道幅が急激に狭まっているところだった。右手はその橋桁とガードレールがあり、その周りには乗り捨てられた自転車が山積みになっていて身動きがとれなかった。左手は旧家の急な石垣になっていてこちらにも逃げ道となるようなルートはなかった。

 完全に袋小路に追いつめられた山兎の様だった。

 彼らは一つ上の奴らだった。その中のリーダー挌である肉屋の次男坊が口火を切った。

「おいおい、もうウチらの御輿が出る時間だぜ。どこ行くんだよ」

 肉屋の次男坊はじめ、とりまきの連中は全員ボスと同じ二丁目の半纏を纏っていた。

「・・・・・」

 ボスは全てを理解した。だから無言だった。

「おまえは行っていいぞ」

 その場で一人違う柄の半纏を纏った秀哉君に向かって肉屋の次男坊は表情をかえずにそれでいて穏やかさを保ちながらそう言った。

「よし、みんな行こうぜ」

 子分の中で一番背の高い奴がそう言うとボスの背中を軽くポンと叩いて彼らは歩き出した。それは攻撃的という雰囲気ではなく、あくまでも「一緒に地元の御輿を担ごうや」という友好的な説得のようなものに感じられた。

 ボスは秀哉君に「俺は大丈夫だぜ」と小さく右手を上げて合図を送り、次男坊と雑談をしながらその場を立ち去った。

 

 五丁目の午前中の巡行にはボスは姿を見せなかった。そして秀哉君の姿もそこにはなかった。一応予定どおりだ。人数的に我々志士が優位に立つために、ボスは二丁目の先輩たちに拉致された、というか連れ戻されたのだ。二丁目には竹田君もいるし監視しやすい。それに秀哉君をボスから引き離すことも出来た訳だ。

 我々の担いだ子供御輿は、この午前中の町内巡行が終わると神酒所に奉ぜられ、担ぎ手の子供たちも婦人会の用意した昼食を頂戴してその仕事を一応終えるのである。そして午後のこれからの時間が大人にとっても我々子供にとっても、本物の祭りの熱気と興奮を体感する時となるのである。

 子供たちは将来この町内を運営していく予備軍として、子供御輿や山車引きに参加して地元民同士の連帯感を体得していく。しかしながら、そんな大人の思惑とは別に年端もいかない子供たちにとっては、これから仲のいいほかの町会の友達とくり出す八幡様の出店の方が圧倒的に魅力的だった。

 大人たちは夕方前から始まる連合御輿のための最終準備にとりかかっていた。通りでは馴染みのお巡りさんが数人、交通整理を始めた。進行係の年寄りが襷掛けで早足で歩いて行く。婦人会のおばさんたちも慌ただしく動きまわり、もの凄いエネルギーを発散しながら男たちのために働いていた。

 僕と加東君もそんなテンションの上がり始めた大人たちの間で昼食に出された色付きのおにぎりと味噌汁を食していた。

 遠くから笛と拍子木の音と共に、男たちの低い声の響きが坂の下の方から聞こえてきた。僕らは社務所の階段を駆け下りて通りへ飛び出した。

「よし、始まるぞ!」

 僕は身体の芯から沸き上がってくる熱い何物かを感じながらそう呟いた。

 一基また一基と僕らの立っているこのお稲荷さんの前へ、七つの町会の七つの御輿が集まってくる。三間余りのメインストリートの緩やかな傾斜をゆっくりと登ってくるその御輿たちは、男たちの重厚なかけ声と共に徐々にその姿を大きくしていき、ある瞬間忽然と目の前に迫ってくる印象を人々に与えた。

 遥か下の踏切付近では二基の御輿が重なり合うように揺れていて霞んで見えた。それらの揺れ続ける小さな社を見ていると、いつの間にか遠近感が麻痺してきて望遠レンズを付けたカメラで覗いている時に感じるような妙な感覚に陥っていく。

 低音で規則正しく続く男たちの声。それをかき消すかのように出迎えの馬鹿囃子がトラックの荷台から降り注ぐ。それらが混ざり合いそして折り重なり合い、奥行きのある祭りの音となって次から次へと足元の方から響き上がってくるのだ。

 御輿の上に立った進行係の一本締めで七基の御輿全てが定位置に整列した。

 僕はハッと我に返った。急いでこの場を離れないと人混みで身動きがとれなくなる可能性がある。加東君と一度社務所に戻ると、替えの足袋と草履を持って再び通りへ走り出た。

 その瞬間、七つの御輿に一斉に男たちの肩が入れられ、祭りのクライマックスへと連合御輿が出発した。

 僕と加東君は通りを埋め尽くした人の波をかき分けて、八幡様の方へ坂を駆け下りて行った。七つの連合御輿を全て追い抜き、踏切を渡ると予定通り僕らはメインストリートをはずれ路地から路地を突っ走った。 

 立会川の橋のところでルソーが数人の酔っぱらいに絡まれていた。おそらく生徒の監視に駆り出されたまではいいが、この町の暗黙の掟を知るはずもないエリート先生はそのルールをどこかで踏み外してしまったのだろう。

 立会川はその昔、源頼信が下総の平忠常の乱を平定に赴く際、このあたりの台地に陣を張り、源氏の白旗を立てて戦勝を祈願したというこの土地柄にある川である。そんな時代、「この橋の上で立ち会いがあったから立会川というんじゃないかな」と僕は勝手に推測したものだった。そして今、ルソーは彼とは違う世界に生きる男達に囲まれ、厳しい現実と立ち会っている真っ最中だった。

 二十代後半と思しき酔っぱらい達は、おそらくルソーと同年代のアウトロー、つまりブルーカラー層の人間だった。この時点で酔っぱらいの中の一人のテンションはかなり高い。

 助けようにも今更僕ら子供が仲裁に入っても、どうにもなりそうにないのは明らかだった。それにボスの件でルソーは、まったく我々の力になってくれなかったではないか。あの時、力になれなかったのだとしても、せめてもっと親身に僕らの目線でこの問題を考えて欲しかった。

 でも助けなかった一番の理由は、こんな所でもたもたしている暇がないということだった。竹田君たちとの約束の時間がせまっている。物事は予定通り進んでいるのだ。僕と加東君はチラッとルソーの後ろ姿を見ながらその横を走り抜け橋を渡った。

 僕らが八幡様の端っこにある絵馬堂の裏の公園に到着したとき、竹田君、幹彦君、河井君の三人はすでにそこにいた。

「何か問題は?」

 加東君が竹田君に聞いた。

「順調だ。奴は先輩達にプレッシャーをかけられて二丁目の御輿を担いでいたよ」

「秀哉君は?」

 と、僕は聞いた。

「二丁目にはいなかった」

 幹彦君が答えた。

 僕は昨日の秀哉君の様子が、どこかひっかかっていた。

 そして竹田君がみんなに言った。

「御輿を担ぎながら奴に決闘を申し込んだ。もうすぐここに来る」

 その時、タッタッタッタッタッと音がした。

 絵馬堂の中からやせぎすの一つ下の小僧が現れた。彼は竹田君の前に立つと震えながら言った。

「本堂の方へ来て欲しいって・・・」

「・・・・・・・。(罠だな)」

 誰も言葉には出さなかったが、みんなが一斉にそう感じたのが僕には分かった。

 竹田君は少し考えてから口を開いた。

「分かってるとは思うけど、奴にタイマンだと伝えろ。すぐに行く」

 使者の小僧は再びタッタッタッタッタッと音をさせて走り去った。

「ソイヤ!ソイヤ!」

「わっしょい!わっしょい!」

 そして笛の音、拍子木の音、お囃子の音が近づいてくる。連合御輿がすぐそこまでやって来ている。出店のためにごった返す人々もこの祭りのクライマックスを見ようと更に増え続け正面の石段の方へと移動を開始している。

「よし、行くぞ!」

 竹田君のかけ声と同時に、それをかき消すような爆音が鳴り響いた。

「バッバッバッバッバッ、ボッボッボッ、パン!・・・・」

 石の柵から身を乗り出して見ると、八幡様の正面の一番観覧者の多いところへ一台の車高を落とした改造車がわざわざ人波をかき分けて入ってきた。濃紺カラーのその改造車は磨き込まれ妙にピカピカ光って見えた。

 乗っているのは地元の暴走族だ。パンチパーマにニュートラファッションで決めている。その運転席に数人が駆け寄って挨拶をしている。

「あっ!ボスの兄貴だ」

 河井君が叫んだ。

 僕らの世界は完全なピラミッド型だった。学校のクラスにボスがいて学年を束ねるボスがいる。そしてその上に中学校のボスがいてその上に暴走族の構成員がいる。またその上に暴走族のボスがいてまたまたその上にヤクザがいて、そのまた上に・・・・と、限りなく続き、最終的には総理大臣まで続くのだ。

 不良でならすボスの兄貴もただの暴走族の子分でしかない。今夜の彼は、弟のケンカどころではなかった。兄貴分への接待で動き回らねばならなかったからだ。つまり忙しかったのである。

 みんなは気がつかなかったと思うが改造車に挨拶に走った不良の中にはスージーの兄貴の姿もあった。

 我ら志士は、気を取り直して本堂へと向かった。すごい人だ。かき分けかき分け能舞台の前を横切って進む。同時に連合御輿の音が一歩また一歩とこの八幡様に迫って来るのが不思議な震動となって胸のあたりに感じるのだった。

 本堂のすぐ手前までお面売りとカルメ焼き屋のテントが張り出している。裸電球にオレンジ色に照らし出された人々の顔は老人から子供まで皆楽しそうだった。そんな人波の向こう側、本堂の右手の暗がりから怪しい人影が数人、明かりの中へ次々に現れ出た。

「また、奴らだ」

 河井君が指さした方向を見るとネズミ男とその手下たちが本堂を後にして祭りの賑わいの中へ消えて行った。その中には先ほどのボスの使いの小僧も含まれていた。

 どういうことだろうか。僕は頭の中の回路をフル回転させてみたが、答えを導き出すには至らなかった。

 もう竹田君は本堂の左手から闇の中へ消えて行くところだった。慌てて僕らは後を追いかけた。不思議なもので暗がりの中へ入ると出店の雑踏も静かに感じられた。松の木の間を奥へと進む。僕は大きなほうをもよおすのを忘れるくらい緊張していた。

 本堂の裏手へ右に折れるとそこにはボスと秀哉君の二人が立っていた。僕らは足を止めた。竹田君だけはそのまま前へ進み出てボスの二メートルくらいのところで立ち止まりボスを見つめた。

 二丁目の肉屋の次男坊のグループが、どこからともなく現れ、我々の横で足を止めた。

「気にするな。俺達はどっちの味方でもない。このケンカの立会人だよ」

 肉屋の次男坊の立場も理解できた。竹田君の願いを聞いて、ボスを二丁目の祭りに連れ戻すという役割を引き受けた。しかしながらボスとは同じ町会のよしみもある。ただ単に敵にまわるという訳にもいかない。本音はどちらが勝っても、負けた方の縄張りを頂いてやろうとういうことだろうが、彼が一番恐れたのは我々が仲直りしてしまって両者から反感を買うことだったと思う。それを阻止するためには是が非でもこのケンカを成立させなくてはならなかった。

「どうしてもやるのか」

 ボスが言った。

「いままでのお前を許せない。ここにいる全員の気持ちだ」

 竹田君が答える。

「それでお前がボスになって威張るってことか」

 竹田君は大声を発してボスに向かって突進した。

「お前とは違う!」

 ボスの襟元を掴み、右フックがボスの頬に炸裂した。僕はボスが殴られる場面を生まれて初めて目撃した。ボスは一歩足を引いただけで体制を崩さなかった。もう一発目の準備に入った竹田君の右手がバックスイングに入ったその瞬間、ボスは素早く首を振り子のように揺らして、竹田君の顔面に強烈な頭突きをお見舞いした。

 竹田君の両方の鼻の穴から血が吹き出すのが見えた。片膝をつき右手で顔を押さえた。しかしボスの襟元を握っている左手は放さなかった。

 ボスの連続攻撃だ。立ち上がりかけた竹田君の腹に膝蹴りを入れた。さすがの竹田君もボスから手を離しその場にうずくまった。

「それでボスになろって言うのかー!」

 ボスは興奮して怒鳴った。

 竹田君は発狂モードに入っていた。彼が発狂したらもう誰にも、彼の親でさえ止めることは出来ないと言われていた。

「うぉー!」

 竹田君はなりふりかまわず、頭からボスに突進し、松の木に向かってボスの体をたたきつけた。バキッという鈍い音がして二人はもつれ合いながら転がった。そして必死にボスは叫んだ。

「出てこい!おーい、出てこい!」

 僕らは身を強ばらせた。やはり敵が潜んでいたのだ。おそらく本堂の縁の下にはチェーンだの角材だの武器がストックされているに違いない。

 ボスが叫んでいる最中も竹田君はボスの上へのしかかり機関銃のように殴り続けている。その竹田君に向かって秀哉君が後ろから襲いかかった。全身を利用して竹田君の首へネックブリーカーをかけてボスから引きはがした。

 ボスはよろよろと起きあがりながら、縁の下の暗闇へ向かって再度叫んだ。

「早くしろ!出てこい!」

 縁の下からではなく、本堂の裏手から十人程の群が現れた。それはなんとチョコレート野郎、山上たちのグループだった。彼らとは加東君が交渉を行い提携関係を結んでいた。僕らはとっさに考えた。

「裏切りか」

 山上は相変わらずキザっぽく振る舞いながらボスに向かって言い放った。

「こいつか、お前の探してるのは?」

 山上達に髪の毛を掴まれながら差し出された顔は、さっき子分達と共に人混みの中に消えていったネズミ男だった。

「あっ!何してやがる」

 驚いたボスに向かって、ネズミ男の変わりに山上が答えた。

「お前の味方やるのはイヤらしいぜ。おうちに帰ろうとしてたからちょっと付き合ってもらったよ」

 相変わらず台詞まわしもキザである。

 ネズミ男は黙ったままだった。その卑屈な目は山上に対してなのか、ボスに対してなのか何か言葉にならない憤怒を発していた。

 僕から言わせれば自業自得だ。ちょろちょろしているからこういう結果になるのだ。

 その時、竹田君は秀哉君を振り払い髪の毛を掴むと松の木へ秀哉君の頭を叩きつけた。そしてもう一回・・・・。見かねた次男坊が竹田君の腕を押さえた。しかし竹田君は今や敵、味方を判断できるような精神状態ではなかった。ガブリ。次男坊のその腕におもいっきり噛みついた。

「いってえー!この野郎!」

 同時に次男坊のグループが竹田君を押さえにかかった。すかさず我ら志士はオブザーバーだと言っていたのに手を出した次男坊グループを敵とみなして一斉に攻撃体勢に入った。

 竹田君を次男坊から引き離そうとしている子分達を我々は引き剥がしにかかった。一人が尻餅をついた。加東君は首を絞めらている。河井君は体が小さいのですっ飛ばされている。僕の顔面にもパンチが二発飛んできて目を開けることができなくなった。

 竹田君は次男坊達に押さえられ殴られているようで

「ううぅ」

 という呻き声だけが聞こえてきた。

「やれぇぇぇー!」

 大声と共に僕を抱き起こし、竹田君を助けに入ったのはなんと山上達だった。

 もうこうなると誰が敵でも味方でも関係なかった。関係ないというよりもこんな状況の中でいちいちそんなことを考えている余裕がなかったのだ。

 まさに入り乱れての大乱闘になった。竹田君はあたり構わず腕を振り回し、次男坊達はそれを静止させようとする。我ら志士がその次男坊達を追いかけ、山上達が我々を援護した。ネズミ男は逃げだした。秀哉君は松の木の下にうずくまり、ボスは縁の下の筋交いに手をかけて体を支えながら立っていた。

 そんな中、冷静さを失いながらも竹田君は本来の標的であるボスを捜した。

「見つけたぞ!」

 竹田君は絡みつく次男坊達を振り払いながらボスの方へ突進していった。

「やめろ!やめてくれ!」

 その叫び声に竹田君は足を止めた。竹田君の動きが止まると連鎖的にみんなの動きも止まった。

「もうやめろ・・・やめてくれ」

 今度は祭りの音にかき消されそうな力無い声がそう言った。そこには松の木に手をやりながら立ち上がる秀哉君の姿があった。

 ボスは目で秀哉君に、こっちに来いというサインを送る仕草をしてみせた。

 秀哉君は首を横にゆっくりと振りながら、

「もういやだ。もうやめよう。お前はボスのイジメが許せないんだよな」

 秀哉君は竹田君の方へ歩いて行きながら問いた。竹田君は何も答えなかった。

「俺はボス派だと言われてみんなからシカトされた。ボスがみんなにしたことがイジメならお前たちが俺にしたこともイジメだよ」

「・・・・・」

 誰も何も答えない。御輿のかけ声だけが大きくなっていく。

「俺だってボスのこと、・・・こいつのこと許せない気持ちはみんなと同じだ。卑怯なことをするのも見てきた。ネズミ男が逃げたのだって五丁目の御輿を担ぎたいために、味方だといいながら敵の前で殴って恥をかかせたからだ。それに自分では手を下さずにいやなことは全部俺やネズミ男にやらせた。こいつは兄貴がいなけりゃあ何にもできない腰抜けだ」

 そこまで言うとぐるりと皆を見回し

「みんな同じだよ。一人じゃ何にもできないじゃないか」

 それから秀哉君はボスを見つめて

「みんなに謝った方がいい。今までのことをさ」

 と優しく言った。

 そこにいた全員の視線がボスに注がれた。ボスは、しばらく秀哉君を見つめて黙っていた。それから一つ溜息をついて少し上を向いた。小刻みに震え始めた。そして目から涙を流して泣いた。

 最大に盛り上がった祭りの音も連合御輿七基が奉納され、笛と三本締めの音を最後に聞こえなくなった。

 勝負は決した。山上は竹田君の肩に手を置き、小さく二回頷いてから一党と共にその場を後にした。次男坊のグループも引き上げようとしたその時、

「見回りの先公だ!」

 という声が祭りの明かりの方から聞こえた。瞬間的に僕らは本堂の奥へと駆け出し、裏手の塀を乗り越えて民家の庭先にたくさんの足跡を残して逃げ散った。 

 

 →→→◆第5話へ続く

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